水:ゆいの一喜一憂

(2005/10/26)

ヤフーその?

2001年9月11日、日本時間午後9時48分
(現地時間午前8時48分)

それは起こった。

拉致られた航空機がニューヨークのワールドトレーディングセンタービルに激突。

航空機の爆発炎上、摩天楼の崩壊。

衝撃でもう1棟のビルも倒壊してしまった。なんという光景だろう・・・

さらにペンタゴン(国防総省)にも航空機が激突。

アメリカはこれをニューヨーク同時多発テロと名付け、のちに報復攻撃を開始する。

こうしてセプテンバーイレブンの長く忘れられない支店の一日が始まったのだ。

もと先輩
『ゆい見たよね。明日は朝6時30分集合、45分から朝会だからね』

ゆ  い
『げ!まじすか?』

もと先輩
『バカ言ってんじゃないの。為替チームは泊まりだよ』

そんなこと言って、もと先輩もおそらく泊まりだろう。わたしは速攻、家を出た。

各国の市場が、どうなっていたかと言うと、まずフランス市場CACとドイツ市場DAXが値を消した。

続いて、イギリス市場FTSEが撃沈。

南米市場が開くとまずアルゼンチンが値が付かない。

ニューヨーク市場は取引不能となり、遅れて開場したメキシコとカナダを見守ったが、気休めにはならなかった。

上  司
『で?東証からは!』

P  L
『30分遅れです』

上  司
『値幅は?』
 
P  L
『半分です!』

上  司
『全部か?』

P  L
『全部です!』

東京市場は30分遅れの立会い取引となり、値幅制限は通常の半値になった。

しかも現物株すべての値幅を半値にする臨時措置は30年ぶりの異例のことらしい。

これで少しはましかな?と私は思った。値幅半分なら、なんとかなるでござる♪と、たかをくくっていたのだ。

東京市場が30分遅れで開場する直前の気配値は、少なくとも当時のわたしの上司でさえ、見たことのないものだった。

日経225すべての銘柄がS安に張り付いている・・・・・つづく

つづくのか?また?ヤフーの話はどこいっちゃったんでござるか?てな感じですが、ほんとはヤフーのことが気になって仕方なかったのだ。

あの時は真剣に「なんて間が悪いんだろう」と思ったさ。けどね、そんなこと考えてる余裕すらなくなった。

きっと同業他社の金融、証券はみんなそうだったと思う。今思うと、たかが私のヤフー1株なんて、どうでもいいほどちっぽけなものだったと思わさ。当時の現地の人のこと考えると・・・

てな訳でエピソード3気長にまっておくれやす。

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