水:小娘証券日報

(2005/11/09)

日経が14,000円を超えて。

同期と、忙しいさなか、少しだけ昔を思い出して感慨深くなった、今日です。

私はH14入社です。

ですので「バブル崩壊」も「ITバブル」も、もちろんあの記憶にまだ新しい「9・11」も経験したことがないのです。

全て、先輩・上司から聞かされたことです。

ソレはそれでかなりのリアリティがありましたが。 ちなみに9・11の生々しい映像が流れた瞬間は、自宅のパソコンで卒論の追い上げをしていました。

ですから、な〜んだ、この人何にも経験してないじゃん?って思われても仕方ないのですが、私は日経の戦後以来の「どん底」を新入社員時に味わった数少ない人間だと思います。

あの時は就職先で金融機関、というだけで

「あんた、どうする気?」

という目で見られました。 就職率が最悪のときです。 みんなこぞって公務員になりたがりました。

つい、5年位前です。

山一の崩壊が今から8年前、北海道の顔、拓銀が破綻したのが7年前、みずほやらUFJやらがとりあえず、統合しようか、でも就職口は一歓・富士・興銀でね、三和・東海でね、とか微妙な新卒の取り方をしたころが5,6年前、そしてみずほのATMシステムトラブルが4年前。みずほやUFJがごろごろ坂を転げ落ちるように下落し、ついに5万6万になったころ、私は1年目でした。

確かあのシステムトラブルのとき、電話応対で「多分つぶれないとは思いますが…」と応対しまくった記憶があります。

あんなころがホント、つい数年前にあったんだなあ、と。

「新日鉄」なんて120円台ですよ、多分つぶれるねって平気で言われてました。「住友金属」もそう。「重機」だって仕手株扱いでした。

給与も上から下まで10%カットされ、1年目の冬のボーナスはたった8万円でした!支店長に「がんばってるのは十分わかっている、しかし、これが精一杯だ」といわれたこと、今でも覚えています。

今日も株式は活況で、電話の音とともにすぐ、私と同期はわれに返って対応に追われましたが、あのころがあるから、今ぶーぶー言いながらもどうにかやってるんだと思います。あのときに新規開拓してたんだから私たちも凄いものだ、とわれながら感心してしまいます。 それはそれは、辛いものでしたが。

新規開拓のお話はまた今度。

過去の日報 
第1回:11月9日

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