華僑・中国人の投資ノウハウ「チャイナマネーを追え!」【第2章】:第4回

第2章:世界に飛び出すチャイナマネー

第4回

■中国人をタフにした激動の歴史(2)

最後に、「客家(ハツカ)」について触れたいと思います。

客家とは、中国の激動の歴史の中で発生した戦乱や動乱から逃れるため、中原(黄河中流流域にある平原)から中国南部に移住していった人々のことを言います。彼らは先住民から見て、「よそ者」にあたることから「客家」と呼ばれました。

移住した中国南部は、米の大穀倉地帯であったため、先住の農民の数が多く、客家に残された土地はありませんでした。やむなく、山間地や未開耕地に入っていくことになりました。そこでも、先住民との敵対関係をしばしば作ることになり、紛争も絶えることがありませんでした。客家は、堅固な城のような集合住宅(土楼)を造り、外敵から身を守って長く孤立することが多かったのです。その集合住宅の中で、一族がまとまって居住し、野菜を栽培し、家畜を養い、籠城戦を想定した生活を続けました。なお、福建省にある代表的な土楼は「福建土楼」としてユネスコの世界遺産に登録されています。

その結果、中国人の中では珍しく、集団生活に適応し、我慢強く、粗食に耐え、団結心が強く、戦いに臨んで勇敢であるという客家の性質が培われました。また、山間部で、狭く、痩せた土地しか耕作できなかったために、客家は、流通や商業に従事することが多くなりました。そして、立身出世するため、祖先からの伝統や誇りを伝えるために、教育にも熱心でした。「強い団結心」「進取・尚武の精神」「文化・伝統保持への自信」「教育の重視」「政治への高い指向性」「女性の勤勉性」が、客家の特徴と言われています(高木桂蔵著『客家 中国の内なる異邦人』講談社現代新書 1991年)。

大きな括りとしての中国人の中で、華僑の多くは商売には情熱を注ぐ一方、政治にはあまり関わろうとはしません。一方、客家は、政治に対して積極的でもあり、また伝統的な中国人の発想として卑しめられることの多かった軍人となった者や、反乱や革命に参加する者も近代以前から多く存在しました。苦難の歴史で鍛え抜かれ、前述したような長所をもっていたことより、客家からは歴史に名を残すような人物を輩出する比率が極めて高いのです。

たとえば、太平天国の指導者である洪秀全、中国国民党の孫文、孫文夫人の宋慶齢や蒋介石夫人の宋美齢などの宋姉妹、中国共産党の?小平、シンガポールを建国した李光耀(リー・クアンユー)、台湾元総統の李登輝、フィリピン元大統領のコラソン・アキノ、タイのタクシン元首相などそうそうたる名前が挙がります。また、学者にも客家は多く、陽明学の祖である王陽明や朱子学の祖、朱子も客家です。

客家の数は、中国大陸に3,500〜4,000万人、海外に500〜1,000万人いるとされており、シンガポール、インドネシア、マレーシア、ベトナム、香港、マカオなどで特に勢力が強いようです。現在、世界中で活躍する華僑・華人は、人口の多い順に広東系、福建系、海南島系、満州系、それに客家系の5つに分かれます。客家系の人口は全体の1割未満にもかかわらず、経済活動の規模では全体の3割を占めると言われるほど、大きな力を持っています。

客家は、放浪と苦難、そして繁栄という中国人の歴史を体現した存在であると言えます。

これまでの投資ノウハウ【第2章】

第4回
第3回
第2回
第1回

華僑・中国人の投資ノウハウTOPへ


金融株式投資情報TOP